lake2017 の休憩所

英語・音楽・探偵小説・SF・社会情勢等ゆるく書いていきます。

棚卸し

あのひとのことを書いておこうと思います。彼女のことを棚卸ししておかないと前に進めない気がするので……。


とはいえ、どこから始めればいいのかわかりません。とりあえず始めて会った高校1年生の春の日から始めることにしましょう。同じクラスの T 君に騙されて放送部に連れ込まれたあの日から……。


その時私は憤慨していました。私はエレキギターを弾いて全校の女性陣から歓声を浴びたいのであって (註: 女性にモテたくてギターを始める男性は多い)、辛気臭く放送室で他人の音楽を流すつもりなぞなかったのです。それが新興宗教の勧誘のような手口で放送室に連れ込まれ、入部届けまで書かされたのでした。正直こんなところからは今すぐにおさらばするつもりでしたし、そうしようとしていました。ところがその場にいた一人の同学年の女の子に声をかけられて気が変ってしまったのです。


彼女 (ここでは A 子さんとしておく) は物凄い美少女というわけでもありません。でも、色白で少し背が高く、ほっそりとした彼女は少し不器用だけれどとても魅力的な微笑みをするひとでした。その笑顔を見て思ったのです。「俺はどうも代わりのきかないひとに出会ってしまったらしい」と。


どんな話をしたのかは覚えていません。自分の心の動きにショックを受けていたので……。


その日から軽音楽部と掛け持ちで放送室にも顔を出すこととなりました。あの笑顔をまた見たいと思ったから……。


その年の秋、私は結局放送部を去ることになりました。A 子さんが退部してしまったから。


今思い返してみると、A 子さんと私の接点は意外と薄くて、廊下で出会ったら立ち話をする程度でした。高校2年生の秋までは。


その秋、図書委員会のメンバーは私を変な小説 (高校生がマルキ・ド・サドなんか読んじゃいけないんだー) と少女マンガが好きなちょっと変った弟分として扱ってくれていた先輩達から、オタク気質の同学年の女性陣に入れ替わりました。彼女達は「トーマの心臓」や「風と木の詩」を図書準備室に持ち込んで読んでいる私を見て仲間だと思ってくれたようです。その中のひとりが A 子さんです。楽しい図書室ライフが始まりました。


高校 3 年の時、A 子さんと同じクラスになりました。不真面目な優等生の私 (実力テストで名前が張り出される程度に成績はよかったが、授業中に堂々と SF や古めかしい探偵小説を読んでいた。ちなみに近所の人からは頭はそこそこいいがエレキギターで騒音を出す迷惑なガキだと思われていた) は毎日彼女の顔を見ることができるので学校に行くのが楽しくてしょうがありませんでした。ただ、気になることがありました。A 子さんはどうも出身中学の男子生徒たちと折り合いが悪いようなのです。彼らは A 子さんのちょっとオタク気質があるところが気に入らないようでした。彼女自身も男性不信を募らせていたようにも思われます。これを私がかなり心配していたことを彼女は知らないと思います。


この年の春、同じクラスのロックファンの女の子二人と友達になりました。私がクレイジーな英国ロック愛好家だったことが気に入られたようです。


秋、そのロックファンの女の子の一人からもう一人についてどう思うか聞かれましたが、断ってしまいました。今から考えてみるととんでもなく酷いことをしたと思いますが、当時の私には選択肢がありませんでした。A 子さんと出逢ってしまっていたので……。


多分 12 月。ある日、経緯は思い出せないけれど、A 子さんと二人で図書館で勉強をしていました。彼女は看護学校を受験すると言い、私はどうするのか聞かれたので、「んー、多分予備校に行くことになるんじゃないかな」といい加減に答えていました。今思い返せばこの日が人生で一番幸せだったのかもしれません。


年が明けて、第一志望の試験日の数日前。放送部の一件で出てきた T 君が図書室にやって来ました。曰く「結局お前は誰が好きなんだ?」。どうも、態度をはっきりさせないといけない時期がきたようです。


A 子さんの家に学校から電話をかけ話をしたのだけれど正確な内容は覚えていません。ただとても冷たい返事だったことだけを印象として覚えています。人生が終わったと思いました。


この話には実はもう少しだけ続きがあるのだけれど、それについて書くことはないでしょう。ただ一つだけわかっていることは、もう取り返しがつかないということです。永久に。


それでも、もし万一、A 子さんがこの文章を読んでいるようなことがあったら一つだけ教えて欲しいことがあります。「あなたはいま幸せですか?」


幸せであって欲しいと願っています。そうでなければ私の心が砕けてしまう……。



Mr. Sirius - Lagrima